気まぐれ鎌倉ガイド

2018年11月18日 (日)

鎌倉三十三観音霊場 第六番 瑞泉寺

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瑞泉寺は鎌倉宮から二階堂の谷戸を右の奥へと進んだ谷戸のお寺です。
臨済宗円覚寺派のお寺で足利氏四代の菩提寺として栄えたそうで、約五万坪の広い境内に四季折々の花が咲く「花の寺」としてたくさんの人が訪れます。

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山門には与謝蕪村の句が掲げられていました。

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こちらは山門を入った境内。広い境内が京都のお寺のような雰囲気ですね。

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開山の夢窓疎石が本堂の背後に作った庭園は、自然の地形と岩肌を活かした美しい庭園で、国の史跡に指定されています。

瑞泉寺の札所本尊は千手観世音菩薩ですが、像が安置されるお堂は元禄三年(1689年)に水戸光圀が奉安したものだそうです。

これからの季節は紅葉も楽しみなお寺ですね。


2018年11月 7日 (水)

鎌倉三十三観音霊場 第九番 浄妙寺

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鎌倉三十三観音霊場の第九番の札所の浄妙寺は、鎌倉五山の第五位の寺院です。鎌倉時代には二十三もの塔頭を持つ大寺院だったそうですが、現在は総門、本堂、客殿、庫裡が残っています。

鎌倉から朝比奈へと向かう街道から北へと延びる参道沿いは桜並木となっていて、春には参道が満開の桜で包まれます。
写真は本堂ですが、大きな屋根が特徴的で、晴れた日に屋根の向こうに広がる青空との対比がとても美しく大好きなお寺のひとつです。

境内には庭園を臨みながら抹茶をいただけるお茶室と、洋館の民家を利用した石窯ピザが有名なレストランがあり、境内を参拝した後に美味しい時間を過ごすこともできたりします。

一番札所の杉本寺にほど近い立地なので、杉本寺に参拝した足で訪れるにもちょうどいい立地にあるお寺です。


2018年11月 3日 (土)

江ノ島道を歩く。

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江ノ島道は江戸時代に東海道の藤沢宿から江ノ島の弁財天への参道として栄えた道で、境川沿いに続いています。現在の県道は川の西側ですが、当時の道は川の東側の片瀬山の下の谷筋を江ノ島へと続いています。江戸時代盛んだった伊勢原の大山詣での帰りに江ノ島の弁財天詣でが流行ったようです。
今日は片瀬山の入口あたりから片瀬の町内を歩いてみました。(正確にはランニングなので走っていたのですが…。)
自動車の抜け道として通ったことはありましたが、ゆっくり訪ねたのは初めて。旧街道らしく途中には江ノ島道の石の道標や庚申塔が道沿いに点在します。片瀬山入口からしばらく行くと岩屋不動の案内がありました。岩屋不動は弘法大師が修行したという洞窟で廃寺のあととのこと。更に南へと歩を進めると真言宗の泉蔵寺がありました。こちらの山号はその名も「片瀬山」。お寺の背後の高級分譲地と奇しくも同名です。

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庚申塔には、見猿聞か猿言わ猿の三猿が刻まれていたり、素朴な道祖神の姿があったりと、石仏が好きな私にはなかなか楽しい道行きでした。
その後も真言宗の密蔵寺、日蓮宗の本蓮寺、常立寺とお寺が続くところは旧街道ならではですね。

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湘南モノレールの湘南江ノ島駅の手前にあった石標は二俣の道の角にあって「従是江ノ島道、左龍口道」と書かれています。江ノ島道の道標は江戸時代の鍼灸師「杉山検校」の寄進によるもので、藤沢市の指定文化財に登録されているそうです。

藤沢市の話なのに、なぜ気まぐれ鎌倉ガイドのカテゴリーかって?
それはいい片瀬村は1947年まで鎌倉郡片瀬村で、鎌倉に所属していたから…というわけで鎌倉鎌倉ガイドのカテゴリーにて登録させていただきました。


2018年10月24日 (水)

鎌倉三十三観音霊場 第十番 報国寺

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報国寺は臨済宗建長寺派のお寺で、山号を功臣山と言います。
功臣とは、国や主君に功績のあった家臣のこと、報国とは国恩に報いること、あるいは国のために尽くすことの意味のようですが、功臣山 報国寺 どうしてこういう名前がついたのか興味深いところです。

本尊は釈迦如来、札所本尊は聖観音になります。

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報国寺と言えば、竹の庭が有名ですが、とても和の雰囲気を感じる境内には、沢山の外国からの観光客が尋ねて来られていました。

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竹の庭から上を見ると、まっすぐに伸びる竹の先に光る空が印象的でした。


2018年10月17日 (水)

鎌倉三十三観音霊場 第八番 明王院

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鎌倉の北東、朝夷奈の切通しから鎌倉への入口にある明王院は真言宗の寺院で鎌倉の鬼門除けノ祈祷寺として建立されたとのことです。
茅葺き屋根の本堂が趣のあるお寺ですが、境内は撮影禁止なので、季節の花と茅葺の本堂の素敵な雰囲気は是非訪ねてみていだだけたら幸いです。

明王院という名前のとおり、もともとは不動明王を中心に五大明王が祀られていたそうですが、鎌倉幕府の滅亡とともに衰退し、その後の火事で五大明王の内、不動明王だけが焼け残ったそうです。

札所の御本尊は十一面観世音菩薩で、観音様は境内入って右側のお堂に安置されていて、拝観することができます。

境内を出て東側を山の方に進むと天園ハイキングコースの入口があるので、ちょうどお参りした時はリュックサックを背負った中高年の方々が参拝に来られていました。


2018年10月 2日 (火)

鎌倉三十三観音霊場 第七番 光触寺

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光触寺は現在は時宗の寺院で、十二所から旧朝比奈の切通しへと向かう道にある静かなお寺です。本尊は阿弥陀如来像。こちらの阿弥陀如来は頬焼阿弥陀として、有名な像です。

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本堂の脇には塩嘗地蔵と呼ばれるお地蔵様が安置されています。
これはかつて金沢街道を横浜の方から塩を運んできた際に、商人がお地蔵さんに塩をお供えしておくと、帰りには潮がすだかり無くなっていることから、塩嘗地蔵と呼ばれるようにらなりました。

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光触寺に書かれた扁額の文字は、後醍醐天皇の直筆によるものだそうです。

かつては鎌倉への入口のひとつ朝夷奈の切通しに近く、多くの人が行き交ったであろう道沿いのお寺、今は朝比奈からの道はやや北側に作られたこともあって、静かな谷戸の鄙びたお寺といった感じが、素敵なお寺でした。


2018年8月21日 (火)

鎌倉三十三観音霊場 第二十六番 海蔵寺

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鎌倉駅西口から紀ノ国屋の信号を右折して御成不動産の前をまっすぐ、寿福寺、英勝寺を過ぎて扇ガ谷の谷戸の一番奥に位置するお寺が「海蔵寺」です。
山号は「扇谷山」、まさに扇ガ谷を代表するお寺ですね。
門前の大きな萩が有名で、山門に覆いかぶさるように枝がいっぱい伸びています。

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秋に咲く萩の花が、ちらほらと咲き出していて、秋も遠くないのだと思いました。

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四季折々、色々な花が咲く海蔵寺は好きなお寺のひとつで、今までにも何度か訪ねていますが、今回は三十三観音霊場のお参りとして初めて訪れました。
海蔵寺には境内の山の端を掘った岩窟中にある鎌倉時代の井戸である十六井戸が見どころのひとつで、いつも静謐に水を蓄えていて、こちらも好きなところですが、札所御本尊である十一面観世音はこの井戸から示現したと伝えられているそうです。

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春秋の休日には訪れる人も多いお寺ですが、暑さのぶり返した午後の境内は静かな時間が流れていました。

2018年8月 2日 (木)

鎌倉三十三観音霊場 第二十二番 極楽寺

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テレビのドラマの舞台によく出てくる江ノ電の極楽寺駅。改札口を出て左に坂を上がると道が二俣に分かれて、右に行くと鎌倉七口のひとつ「極楽寺坂」を越えて長谷へと向かいます。
左に桜橋(通称「赤橋」)を渡って、すぐ左折すると右側に茅葺屋根の山門が…。こちらが極楽寺になります。
極楽寺は鎌倉時代に忍性が開いた真言律宗のお寺です。七堂伽藍と塔頭四十九院の大規模な寺院でしたが元弘の兵火で焼失し、何度か再建を繰り返すもその度に消失して、現在の極楽寺はもともと塔頭であった吉祥院にあたるのだそうです。
現在住居表示で極楽寺一丁目〜四丁目、もとは極楽寺の住所だった稲村ガ崎一丁目〜三丁目の広大な土地がかつての「極楽寺」の境内だったのかもしれません。
あたりは私が子どもの頃から、街並みが大きく変わらず、落ち着いた、なんだか懐かしいような雰囲気が魅力的です。


2018年7月19日 (木)

鎌倉三十三観音霊場 第十六番九品寺

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内裏山 九品寺…材木座にある浄土宗の寺院です。
ここは鎌倉時代の終わりに、新田義貞軍が北条軍を討つために本陣を構えた場所と伝わるそうです。
新田義貞は鎌倉幕府を滅ぼしたあと、北条氏の戦死者を弔うためにこの地に九品寺を建てたと伝えられています。

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本堂に掛かる「九品寺」の扁額と、「内裏山」と山号の書かれた扁額はいずれも新田義貞の直筆と伝えられていますが、本物は損耗が激しいため、保管され、普段から掛かるこちらのものはその写しとのこと。

観光客が多いお寺ではないので、平日訪ねると思いがけない静かな時間が流れています。


2018年7月11日 (水)

鎌倉三十三観音霊場 第二十番 千手院

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千手院は光明寺の塔頭のひとつ。
前回ご紹介した蓮乗院が光明寺の山門に向かって右側にあるお寺で、今回の千手院は山門の左側にあるお寺になります。

もともと専修院と呼ばれ、阿弥陀如来を本尊としていましたが、千手観音が有名だったので千手院と呼ばれるようになったようです。光明寺に集まる学僧の修行道場である僧坊の
ひとつだったそうです。
江戸時代になると学僧の和が少なくなってきたので、住職は近所の子供たちに、読み書き、そろばん教える寺子屋になっていたそうです。明治になってからもその流れは続いて、一時期には「桑楊小学校」と呼ばれる小学校の教場になっていたこともあるとのこと。

今は訪れる人も少なく静かな境内です。


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