気まぐれ鎌倉ガイド

2018年2月20日 (火)

半僧坊を越えて、北鎌倉から今泉不動へ。

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先週世田谷の豪徳寺を訪ねてから早いものでもう1週間。
今日はまだ知らない鎌倉の魅力を開拓しようと建長寺から半僧坊を越えて今泉、岩瀬方面を巡ってきました。
最初は鎌倉五山第一の建長寺の向かいにある円応寺へ。こちらは運慶作の閻魔大王を始めとする地獄の門番の十王が本堂の中にぐるりとお祀りされているお寺で、迫力のある像がとても見応えがあって大好きなお寺のひとつです。
そして建長寺のご本尊地蔵菩薩にお参りして、境内の一番奥から山道を登って半僧坊大権現へ。入口では烏天狗が出迎えてくれました。
半僧坊から天園ハイキングコースへと入ると目の前には…

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富士山が町の上にどーんと聳えていました。ここから南側を見ると眼下に今歩いてきた建長寺の境内を、そしてその先には鎌倉の旧市内と海を一望するロケーションです。
天園ハイキングコースをしばらく歩いて今泉の分譲地へと下ります。
分譲地をしばらく歩いて散在ヶ池公園へ。

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鎌倉湖とも呼ばれる散在ヶ池は里山の中にあって、そこにいるとすぐ近くに大きな分譲地があるとは思えない感じです。
そして、鎌倉でも一番の奥地にある称名寺今泉不動を訪ねました。本堂の奥の長い階段を上ると不動堂、その後ろには更に山を登った先に大日如来の像がありました。不動明王は大日如来の化身と言われているそうです。
階段を下りてから左側に更に下がると、陰陽の滝と滝不動があります。

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こちらは男滝。すぐ側に女滝があります。平日なので誰もいなくて、すごくパワーをもらったような気がしました。

今泉から岩瀬へと向かう道は旧東海道にあたるようで道沿いに神社やお寺が点在しています。徳川家康公に所縁のある大長寺は境内も広く境内の手入れも行き届いた素敵なお寺でした。

そして大船の常楽寺へ。交差点の名前が有名な常楽寺ですが、お寺の場所もよくわからず、お参りしたのも初めてでしたが、こちらもとても素敵なお寺でした。

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常楽寺から横須賀線の踏切を越えて、北鎌倉方面へと戻り、最後に光照寺へ立ち寄りました。光照寺は山門のクルス紋と呼ばれるマークに十字架が刻まれており隠れキリシタンが信仰していたのではという説もあるお寺です。

今回訪れた鎌倉は、鎌倉と言っても観光の人が訪ねることのあまりないところばかりでしたが、まだまだ知らない鎌倉でも素敵なところがたくさんあると思いました。

暖かくなって人が多い季節になったら、逆に人の少ないこのエリアを巡る小トリップもおすすめです。


2018年1月30日 (火)

大太刀稲荷と御嶽神社。

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江ノ電の長谷駅から南に向かい、突き当たりを左折して少し歩いた左側、由比ヶ浜に出る手前の左側の一段上がったところに鳥居があります。
鎌倉にお住まいの方ならこの前まで稲瀬川保育園があったところとレジェンド鎌倉のマンションの間になります。
ガイドブックなどにはまず載っていないこの神社、前から気になっていたので、ちゃんと訪ねてみました。
石段を上がる鳥居をくぐって境内に入ると左側にお社のある大太刀稲荷があります。そして右側にはお社はなく石碑の御嶽大神、八海山大神、三笠山大神の三神がお祀りされています。
インターネットで調べた情報を総合するともともと大太刀稲荷が祀られていたところに山岳信仰が流行した頃に合祀されたようです。そんなに広くない境内には他にも青面金剛像や地蔵菩薩のほか、清瀧不動明王、富士浅間神社、白山神社、駒ヶ嶽神社などの石碑が所狭しと並んでいて、元保育園の敷地と分譲マンションの建物に挟まれてそこだけが異空間のようで、なんとも不思議なパワーを感じるスポットです。
大仏や長谷観音と由比ヶ浜というメジャーなスポットの間にありながら、観光客は勿論、地元の人もまず訪れることのない静かな場所がそこにあります。

大太刀稲荷は、新田義貞の鎌倉攻めの際、新田義貞の家臣だった大舘宗氏がこの辺りで倒れたこと、大太刀と大舘の音の響きが似ていることから、何らかの関連があるのではという説もあるようです。

それにしても御嶽山、八海山、三笠山、富士山、駒ヶ嶽、白山、清瀧…境内の目の前に由比ヶ浜を望む海際のこの場所になぜこんなに山岳信仰に関連する神社が揃ったのか、とても不思議ですね。

メジャースポットの狭間の異空間、鎌倉ものがたりに出てくる魔物が現れそうな雰囲気を是非感じてみてください。


2017年11月26日 (日)

源頼朝を助けたお稲荷さん。

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以前に鎌倉の隠れ里として紹介した銭洗弁天、その銭洗弁天の近くにあって、より隠れ里と言った雰囲気なのがこちらの佐助稲荷です。

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山の中腹にある境内へと向かう参道には、京都の伏見稲荷にははるかに及びませんが朱塗りの鳥居が続き、境内は木々に囲まれて昼なお暗い静かな場所にあります。

佐助稲荷には次のような話が伝わるそうです。
『源頼朝が、伊豆の蛭ヶ小島に流されたとき、病の床につき、三晩続けて同じ夢を見ました。ひとりの白髭の老人が現れて、「おまえの病気はこの草をせんじて飲むとよい。そうすれば必ず治る。治ったら兵を挙げよ。成功疑いなし。」というのです。
頼朝が「あなたはどなたですか。」と尋ねますと、「私はかくれ里の稲荷である。」といって消えてしまいました。
頼朝がその老人の教えに従って薬を飲むと、病も治り、やがて鎌倉に幕府を開くことができました。その後、家来に言いつけて捜させたところ、かくれ里の西に小さな祠を見つけました。さっそくここにお宮を建てて、お宮の名前を「佐助稲荷」とつけました。また、頼朝が幼少のころ、「佐助(すけ)殿」と呼ばれていたため、すけが助けられた稲荷であるからこの名をつけようといったからだという説もあります。』(出典/かまくら子ども風土記)
銭洗弁天よりもずっと訪れる人も少なく、ひっそりとした感じが個人的にはとても好きな神社のひとつです。


2017年5月30日 (火)

鎌倉歴史文化交流館。

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今日は5月中旬にオープンしたばかりの鎌倉歴史文化交流館を訪ねてみました。鎌倉駅の西口から徒歩7分、うちの会社からは5分もかからない近所にあるので、とりあえずどんなものか見て来ないとダメでしょ、とぶらぶらと歩いて訪ねてきました。

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鎌倉らしい谷戸の奥に立地、もともと三菱の岩崎氏のお屋敷があった跡の高級住宅街のの一角の個人住宅の建物を改装した建物とやぐらや稲荷のあった敷地との織りなす雰囲気がとても素敵でした。この建物はイギリスの著名な建築家ノーマン・フォスター氏が代表を務めるフォスター+パートナーズ設計によるものだそうです。

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館内は、通史展示室、中世展示室、近世/近世代展示室、考古展示室に分かれて、鎌倉市内から発掘された出土遺物などを展示しています。

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室内は、もとの建物のデザインに配慮した重厚なインテリアとなっていて、貴重な品々をゆっくりと鑑賞することができます。

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お稲荷さんがあったというやぐらの上の広場のようなスペースまで散策路が整備されており、そこに上って振り返ると、鎌倉のまち並みの先に青く光る海が見えて、会社の近くにこんなスポットがあったんだと、新しい発見でした。

鎌倉歴史文化交流館 鎌倉市扇ガ谷1-5-1 電話0467-73-8501 開館時間/午前10時~午後4時 休館日/日曜・祭日、展示替え期間等 観覧料/一般300円・小中学生100円

日曜・祭日が休館日なのが残念ですが、銭洗い弁天方向へと向かう道にあって、展示品も充実している割に、入館料もリーズナブルで混んでいない、鎌倉の最新おすすめスポットです。

ちなみに写真撮影OK、SNSにも紹介可!ということで堂々と写真もアップさせていただきましたhappy01















2016年12月 2日 (金)

鎌倉の隠れ里で商売繁盛を祈願する。

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境内へはこの洞窟を抜けた先にあります。
「宇賀福神社」が正式名称ですが、「銭洗弁天」と言った方がメジャーですね。
トンネルを抜けると、木の鳥居が連なり、そこをくぐると、ぽっかりと開けた谷間に弁財天がお祀りされています。
もともとここは源頼朝が夢に宇賀福神が出てきたお告げの場所を家来に探させたところ、夢と同じようなここを発見。洞窟を掘らせて宇賀福神を祀ったことが起源と言われているそうです。その後執権北条時頼が頼朝の意思を継いで、この福の神を信心し、ここの泉で「銭」を洗い清めると福銭になり一家は栄えると言って、自ら銭を洗って祈ったそうです。時頼の徳を慕う人々も泉で銭を洗ったところ、不思議と金銭が無くなることがなかったそうです。


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今でも銭洗弁天は商売繁盛の神様として、老若男女が備え付けられたざるにお金を入れてお金に困らないように祈願しています。

弁天の御神体の宇賀福神は水の神で、頭は老人、身体は蛇の形をしているそうです。なので、巳の日に商売繁盛を願い、蛇の好物である卵をお供えしてお参りする人がたくさん訪れます。

銭洗弁天へは鎌倉駅から20分弱歩いて行くしか道がないので、バスで訪れる団体客はいないので、人が多い時でも、鎌倉の隠れ里と言った趣を残した場所です。

参照 かまくら子ども風土記


2016年9月21日 (水)

鎌倉で「萩」の花と言えば…。

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秋の花と言えば、曼珠沙華、秋桜、金木犀…いろいろありますが、秋に咲く花のひとつに「萩」の花があります。
鎌倉で「萩」の花で有名なのは、小町の宝戒寺や扇ガ谷の海蔵寺あたりでしょうか。
今日は仕事で扇ガ谷に行く用事があったので、少し足を延ばして海蔵寺を訪ねてみました。
海蔵寺は山門の前に枝垂れるように枝を広げて花をつける萩が綺麗で人気があります。
今日訪ねた時は、まだまだこれから花をいっぱいつけるのか、昨日の台風で花が散ってしまったのか、花は咲いているものの少し物足りない風情でした。
明日もあまり天気が良くないようですが、雨が上がったら宝戒寺や海蔵寺の萩や、そろそろ見頃を迎える曼珠沙華の花を訪ねて、小さな秋を探す鎌倉散策はいかがでしょうか。


2015年12月 8日 (火)

獅子舞〜鎌倉紅葉情報’15…part4

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そろそろ見頃かなと思って「獅子舞」まで足を延ばしてみました。
獅子舞は二階堂の奥にある紅葉の名所のひとつ。
大好きな場所のひとつですが、今回は「季節の風物詩」ではなく「気まぐれ鎌倉ガイド」のカテゴリーでの掲載致しましたので、行くまでの道なりに合わせてガイドさせていただきます。
獅子舞へは、バスで行くとしたら大塔宮(鎌倉宮)のバス停からの徒歩になります。自動車だとバス停の脇に時間貸しの駐車場がありますので、そこから歩くと歩く距離は短くなりますが、結構歩く距離はあります。
大塔宮から瑞泉寺方面へと左手に大塔宮を右手に住宅街のある道を山の方へと向かいます。途中、左手に永福寺跡の広い空地(公園と整備中)が見えてきたら二階堂川に沿って二又を左のほうへ。
川のせせらぎではカモが遊んでいました。
川沿いの道を進んで行くとやがて住宅がきれて山道へと入ります。

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すぐ脇に滑川の源流のひとつである二階堂川のせせらぎの聞こえる道を進むと、鎌倉時代に造られたような切通しの道へ。

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この辺りから道はかなり細くなり木々に囲まれた人が一人通れるだけの小径に…。
だいぶ歩いたけど、まだかなと少し不安になるくらいのところから、道が今までよりも勾配が厳しくなり、大きく左へとカーブをとりながら登ります。
再び右にカーブをとると、その先に…

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突然に山が燃えるような紅葉の木立が広がります。

訪ねたのは朝。まだ誰もいない静かな空間に、本当に燃えるような紅葉が広がっていました。
ちょうど見頃。風が吹かなければ、今週末まで楽しむことができるのではないでしょうか。


2015年5月26日 (火)

大町の妙法寺へ。


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今日は午後から宅建協会の鎌倉支部で講習会。
せっかく休みに鎌倉まで出るのだからと、少し早めに家を出て、まだ訪ねたことのなかった大町の妙法寺へ。妙法寺は日蓮が鎌倉で布教を行う際に庵りを作ったお寺ですが、苔むした石段が有名で『苔寺」とも言われるお寺です。
大町は仕事でもよく行く場所ですが、妙法寺の境内を訪ねたのは実は初めてのこと。門から本堂へは手入れのされたお庭にいろいろな種類の花が植えられていました。

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本堂裏手の仁王門をくぐると山に向かって苔むした石段が続いています。

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有名な苔の階段、この季節は木々の緑と相まって一面、緑の絵の具で染めたような風景の中を5月の風が吹き抜けてとても気持ちのいい空間でした。
この階段は通行止めのため、脇の階段を山へと上がると、頂上には護良親王の墓と伝えられる石塔があり、振り返ると青空のもと、鎌倉の街と由比ヶ浜が広がっていました。

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妙法寺は住宅街のすぐ奥にちょこんとある感じで表からみるとそんなに大きなお寺に見えないのですが、山に向かって広がる境内は思いのほか広く、とても素敵なお寺でした。


2015年1月 4日 (日)

鎌倉のアルプスを巡る小トリップ。

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今日はうちの山ガール達と鎌倉のアルプスを巡りハイキング。
自宅から長谷、源氏山を越えて北鎌倉へ。浄智寺に立ち寄ったあと、明月院の脇を通って再びハイキングコースへと。建長寺の半僧坊の裏を尾根伝いに十王岩を通って、鎌倉市の最高地点、大平山に到着しました。


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そのまま尾根伝いに天園へと行きました。天園の尾根が横浜市との境界になっていて、北側は栄区。実はここが横浜市の最高地点なのだそうです。
鎌倉市の最高地点と横浜市の最高地点。期せずしてその二箇所を通るハイキングコースは、アップダウンが結構厳しいコースですが、大平山や天園からは鎌倉市街、そしてその先に広がる海を一望できるロケーションで、歴史の教科書に出てくる三方を山で囲まれ、一方は海という源頼朝が幕府を鎌倉に作った理由が納得できる景色を体感できます。

季節がいい時期にはハイキングコースも人の列ができてしますほど混み合うようですが、寒いこの時期ならお正月を過ぎれば、さほど人も多くないと思いますので、天気の良い時におにぎりをリュックに入れてちょっと気軽にハイキングなんて、そんな感じにぴったりのコースだと思います。

今回は長谷から源氏山、北鎌倉から天園というコースでしたが、ハイキングコースの途中に町へと下りられる道があるので、時間や体調に合わせて、もう少し短い時間で回れるコースもたのしそうですね。


2014年7月31日 (木)

行合橋。

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江ノ電の七里ヶ浜駅を下りて、海へと向かうときに渡る川を“行合川”、そしてこの橋を“行合橋”といいます。ちなみに海沿いの国道134号線にかかる写真の橋の名前も“行合橋”…この写真は“行合橋”から“行合橋”を撮ったものということになります。

行合橋…なんかちょっとロマンチックな名前のこの橋の由来には、以下のような話があります。

鎌倉時代、腰越の龍ノ口処刑場(現在の龍口寺)で日蓮がまさに処刑されようとしたとき、江ノ島方面から光が飛び出してきて、その光に処刑を執行しようとした役人が驚き、執行不能となりました。それを幕府に知らせる使者と、日蓮の赦免を知らせる使者とがこの橋で行き合ったことから『行合橋』と名付けられたそうです。

青い海と空が映えるこの橋には、そんな由来があったのです。そんなことは気にも留めず、今日もたくさんの車や人が行きかいます。

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