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2010年5月24日 (月)

夏草や兵どもが夢の跡

松尾芭蕉の有名な俳句で、この舞台は奥州の平泉ですが、極楽寺にある上杉憲方の墓を訪ねた時になぜか、この俳句が浮かんできました。

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上杉憲方は、鎌倉幕府が滅びた後、南北朝時代から室町時代前期の武将で、関東管領などの職についていたそうです。上杉禅秀の乱の際、足利持氏を鎌倉から追放し、持氏派の武士を討伐するため出陣した足利持仲の補佐として武蔵へ向かったものの破れ、鎌倉へ引き返したのち、多くの一族とともに自刃したようです。北鎌倉の明月院を建立し、その墓所は明月院の境内にもありますが、こちらの墓は、極楽寺坂を長谷の方から登りきった左側の小さな石標の脇の小さな階段を登った裏にひっそりとそこにありました。国の指定史跡になっているのに、訪れる人も少なく、緑の山の下の苔むしたその佇まいに、冒頭の句が浮かんできたのだと思います。

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